出雲大神宮の鎮花祭

出雲大神宮の鎮花祭(ちんかさい)は、毎年4月18日の花の散る時期に行われる祭です。京都府の登録無形民俗文化財。


出雲風流花踊り等、数々の奉納行事が行われます。


歴史

かつて花が散るのに伴い疫神が四方に分散して病を起こすと考えられ、これを防ぐ為に行われていました。


明治から大正にかけ一時中断していましたが、昭和天皇御成婚の奉祝記念事業として復興されました。


出雲大神宮の鎮花祭の見所!

浦安の舞(うらやすのまい)

巫女による神楽「浦安の舞(うらやすのまい)」が奉納されます。浦安の舞は、昭和天皇の御製(ぎょせい)に節をつけたもので国家安康、五穀豊穣などを祈ります。御製とは、天皇陛下がお詠みになる和歌。


出雲風流花踊り(いずもふりゅうはなおどり)

花笠を被った踊り手が華やかな装束で歌い踊ります。口上役の総新発意(しんぱち)2人と笹竹を持った笹新発意2人、そして太鼓を持った太鼓打ちの踊り子12人で構成されます。


もとは雨乞いの芸能といわれていたもので、笹踊り、浴衣踊りとも呼ばれたりしていました。1767年(明和4)の大干ばつでは、花踊だけでなく、様々な装束に身を包んだ練物が行われ、雨乞いを祈願したそうです。


はじめ参道で「入葉(いりば)」の曲を踊り、その後、拝殿周りで「一の宮をどり」、「恋のをどり」、「正月踊り」の順に奉納されます。


入葉

老せぬや、薬の名をも菊の酒、イヤサッ、盃も浮み出て ともに逢ふぞ嬉しき、また共に酔ふぞ嬉しき。


一の宮をどり

千早ふる、ふるちはやふる、ハアソリャ神のお庭でいさごふる、ハアソリャ

出雲をどりは有難や、目出度やの、日麦は出雲のおやしろよ

今日はお宮の花まつり、いざや人々こりをとろ 葭に実のなる世の中よ

山にかねふる、里に米ふる、内にはしらげの米がふる御作は親に子がさき

子に子がさきて、目出度やの、杵づきは稲三束で、米五斗五升五合ある

桝と斗かきと箕ゆれば、国の世の中ゆりなおす、是迄よ


恋のをどり

おれは御所の横笛よ、イヤ御所の内をばしのび出てイヤ

つれてござろか嵯峨の奥まで、嵯峨の奥まで、イヤ

恋の路はよしなやの よしなやの 二人の親の御意をもして

連れてござろか嵯峨の奥まで 嵯峨の奥まで

踏もならぬ道芝を、すそは露で、たもとは涙で

濡れてござろか嵯峨の奥まで 嵯峨の奥まで

恋の路は、よしなやの よしなやの 人の心は情なや、瀧口とめてくれもせで

くれもせで人は鬼もいへ 角もいへ おれも瀧口水いらず、是迄よ


正月踊り

正月には又かどに門松、七五三かざり、内にはしらげの米がふる

二月には又つばくろが 自在小かげに巣をかけて、銭米こたれとお三度すへづる

三月には又桃の花祝の御所へ参るとの

四月には又卯月八日の花おりに 神に捧げてまいらする

五月には又ごごら五日の若菖蒲 館ふんしまはると

六月には又夏せみが、高きこずえをとりのぼり私等も時の音を出す。

七月には又七夕の、年に一度のちぎりとて、天の河原で出合はるゝ

八月には又放生会神々の、いかなる神も駒くらべ

九月には又菊の花、祝の御所へ参るとの

十月には又小池の上なる薄氷り、唐のかがみに左も似たり

霜月、師走は鬼宿とて京も田舎も嫁取り婿取りはやりそろオンヤ、是迄よ


出雲大神宮への行き方

所在地:〒621-0002京都府亀岡市千歳町出雲無番地

電話:0771-24-7799