下鴨神社の流鏑馬神事

流鏑馬神事は、葵祭が無事行われるよう道を祓い清める為の神事で、下鴨神社の糺の森で行われます。(葵祭については後述)


糺の森にある全長約500メートルの馬場に100メートル毎に設けられた3つの的を公家風・武家風の衣装を着た射手が馬を走らせ馬上から次々と射抜きます。(5頭の馬が4回走ります。)


矢が的中すれば五穀は実り、諸願成就するといわれています。割れた的は販売されます。


13時 本殿で奉告祭

14時 流鏑馬神事


流鏑馬神事の見所!

公家装束による流鏑馬

武家風の流鏑馬とは違って雅びやかな雰囲気があります。


イン、ヨーの矢声

イン、ヨーとは陰陽のことで、矢を放つ時の掛け声です。矢が的中すれば五穀は実り、諸願成就するといわれています。


神禄(しんろく)の帛(はく)を賜る様子

騎乗のまま鞭を差し出して褒美の※帛を受け取り、帛を肩に掛けて馬上で感謝の意を表し左・右・左の順に回って拝舞します。下鴨神社ならではの作法です。

※絹の事


一の射手は白、二の射手は赤、三の射手は紫の帛を賜わります。


葵祭

1400年以上の歴史を持つ賀茂社(下鴨神社・上賀茂神社の総称)の例祭で、日本最古の祭です。平安時代において、たんに「祭」と言えば葵祭を指します。また、江戸時代までは「賀茂祭」と呼ばれていました。京都三大祭、三大勅祭の1つ。

宮中の儀・路頭の儀・社頭の儀の3つの儀式からなります。特に5月15日の路頭の儀が知られ、平安朝の優雅な装飾に身を包んだ総勢500名以上で行列を作り、御所から下鴨神社を経て、上賀茂神社へ向かいます。


葵祭の歴史

第29代欽明天皇(きんめいてんのう)の時、風雨激しく五穀が凶作だった事が賀茂神の祟りと考えられ、その祟りを鎮める為、天皇の勅使「卜部伊吉若日子」によって、4月の中酉の日に祭礼が執り行われました。その際、馬に鈴をかけ、人に猪頭を被せて駆競(かけくらべ)をして祈願すると風雨治まり五穀が実ったといわれています。

1502年(文亀2年)から約200年もの間、途絶えましたが、江戸時代の1694年(元禄7年)に祭が再興。その時、別雷神の正夢に母神が現れ、「我を祀るに葵を鬘(かずら)にせよ」と告げた事にちなんで、御所車や勅使、牛馬にいたるまで「葵」を飾りました。それ以降、「葵祭」と呼ばれるようになりました。

1872年(明治3年)に再び途絶えますが同年に岩倉具視の尽力で復活。また、第二次大戦中は中止となりましたが1946年(昭和21年)に復興。


下鴨神社への行き方

所在地:〒606-0807 京都府京都市左京区下鴨泉川町59

電話:075-781-0010


電車

京阪電車 鴨東線 出町柳駅 徒歩12分