下鴨神社の御蔭祭

御蔭祭は、下鴨神社の祭礼で、葵祭の前儀として毎年5月12日に行われています。(葵祭については後述)


比叡山麓の※1御生山(みあれやま)に建つ御蔭神社から、祭神の玉依姫命(たまよりひめのみこと)、その父・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の※2荒御霊(あらみたま)を下鴨神社本殿に迎える神事です。

※1御蔭山とも ※2新しく蘇った神霊


下鴨神社を出発した神幸列は、御蔭神社で荒御霊を迎え、途中、賀茂波爾神社や下鴨神社糺の森で祭礼をしながら本殿に還ります。御蔭祭の神幸列は日本最古。


9時頃 下鴨神社で勧盃の儀

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12時頃 御蔭神社で御生神事

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13時頃 賀茂波爾神社で路次祭

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16時頃 下鴨神社で切芝神事


御蔭祭の見所!

勧盃の儀(かんぱいのぎ)

下鴨神社の舞殿で9時から行われます。神職らが盃を受けます。


神幸列

葵の葉を身に着けた神職や氏子ら約100人の行列です。御陰神社に荒御霊を迎えに行きます。


御生神事(みあれしんじ)

御蔭神社で12時から行われます。榊の若枝の御生木(みあれぎ)に荒御霊が遷され、神霊櫃(しんれいびつ)に入れられます。


路次祭(ろじさい)

通称・赤の宮神社と呼ばれる賀茂波爾神社(かもはにじんじゃ)で13時頃から舞楽「還城楽(げんじょうらく)」が奉納されます。その後、荒御霊は神馬に遷されます。


切芝神事(きりしばしんじ)

下鴨神社糺の森に設けた切芝と呼ばれる祭場で16時頃から行われます。小屋から頭だけを出した神馬の前で東游(あずまあそび)が奉納されます。


御蔭祭の歴史

社伝によると、第2代綏靖天皇(すいぜいてんのう)の3年に始まったといわれています。その後、室町中期に途絶えましたが、元禄年間(1688~1704)に復興。


葵祭

1400年以上の歴史を持つ賀茂社(下鴨神社・上賀茂神社の総称)の例祭で、日本最古の祭です。平安時代において、たんに「祭」と言えば葵祭を指します。また、江戸時代までは「賀茂祭」と呼ばれていました。京都三大祭、三大勅祭の1つ。

宮中の儀・路頭の儀・社頭の儀の3つの儀式からなります。特に5月15日の路頭の儀が知られ、平安朝の優雅な装飾に身を包んだ総勢500名以上で行列を作り、御所から下鴨神社を経て、上賀茂神社へ向かいます。


葵祭の歴史

第29代欽明天皇(きんめいてんのう)の時、風雨激しく五穀が凶作だった事が賀茂神の祟りと考えられ、その祟りを鎮める為、天皇の勅使「卜部伊吉若日子」によって、4月の中酉の日に祭礼が執り行われました。その際、馬に鈴をかけ、人に猪頭を被せて駆競(かけくらべ)をして祈願すると風雨治まり五穀が実ったといわれています。

1502年(文亀2年)から約200年もの間、途絶えましたが、江戸時代の1694年(元禄7年)に祭が再興。その時、別雷神の正夢に母神が現れ、「我を祀るに葵を鬘(かずら)にせよ」と告げた事にちなんで、御所車や勅使、牛馬にいたるまで「葵」を飾りました。それ以降、「葵祭」と呼ばれるようになりました。

1872年(明治3年)に再び途絶えますが同年に岩倉具視の尽力で復活。また、第二次大戦中は中止となりましたが1946年(昭和21年)に復興。


下鴨神社への行き方

所在地:〒606-0807 京都府京都市左京区下鴨泉川町59

電話:075-781-0010


電車

京阪電車 鴨東線 出町柳駅 徒歩12分


御蔭神社への行き方

所在地:〒606-0067京都府京都市左京区上高野東山207


電車

叡山電鉄本線 八瀬比叡山口駅 徒歩12分


賀茂波爾神社への行き方

所在地:〒606-8105京都府京都市左京区高野上竹屋町36

電話:075-701-1771


電車

叡山電鉄本線 一乗寺駅 徒歩6分

叡山電鉄本線 茶山駅 徒歩9分